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「最高裁判事暗殺」の理由は…!?~『ペリカン文書』でみるアメリカ最高裁判事と政治の緊張関係~

2014.04.18

日本及びニューヨーク州弁護士の川勝明子です。

私は休日に海外映画を見るのが好きで、先日は、「ペリカン文書」という少し前の犯罪スリラー映画を久しぶりに見ました。主演はジュリア・ロバーツで、鋭い分析力をみせる優秀なロースクール生(ダービー・ショウ)を演じ、出世作の一つとなりました。この作品ではアメリカ最高裁判事と政治の緊張関係がよく描かれています。そこで今日は、この作品をきっかけに、日米の最高裁判事の存り方の違いにスポットを当ててみたいと思います。

『ペリカン文書』(原題:The Pelican Brief)~書いてはならない真実~

ある夜、合衆国連邦最高裁判所の所在するワシントンD.Cで、2人の最高裁判事がほぼ同時に殺害されるという事件が発生します。事件を知ったダービー・ショウは鋭い分析力と熱意でその死によって利益を得る人間を洗い出し、おそろしい仮説に辿り着いてしまいます。彼女はそれを「ペリカン文書」と題する文書にまとめますが、事件は最高裁判事の任命権を有する現職大統領をも巻き込む、一大政治スキャンダルに発展します。

ワシントンD.C.の合衆国連邦最高裁判所

ワシントンD.C.の合衆国連邦最高裁判所

さて、ここまで読んでくださった方は、最高裁判事を殺害することと政治がどう関係するのか疑問に思われたり、数人の判事を殺しても最高裁は存続し続けるのだから、無意味な行為だと思われたもしれません。

しかし、日本とは大きく異なるアメリカの最高裁判事の政治とのかかわり方や、時にその判断が大きく歴史を変えてきたことを知っていただくと、アメリカの最高裁判事を取り巻く緊張関係がわかり「ペリカン文書」をより楽しんでいただけるかもしれません。

最高裁判事はどのように決まるか

アメリカ合衆国憲法2条2節2項は、大統領が、上院の助言と同意に基づいて、最高裁判事を含む連邦裁判所判事を任命すると定めています。つまり、最高裁判所の裁判官は、大統領によって任命され、上院によって承認される必要があります。判事候補者は、それまでの経歴や、その手による判決、論文等の実績を厳しくチェックされ、それだけではなく、候補者自身が議会に喚ばれ、信条を問いただされることもあります。

また、連邦裁判官は終身制であり、憲法上、生涯その身分を保障されています(アメリカ合衆国憲法3条1節)。そして、本人が死去または自ら引退する場合を除き弾劾裁判以外の理由では解任されません。過去に最高裁判事が弾劾裁判にかけられたのはサミュエル・チェース判事のみで、同判事もかろうじて罷免をまぬがれたため、弾劾に至った例はありません。ちなみに、2010年に引退したスティーブンス最高裁判事は、当時89歳で最高裁判事として史上2番目に長老で在職期間は35年間にも及びました。フォード大統領によって1975年に任命されたと聞くと、その長さを感じていただけると思います。このようなシステムは、最高裁判事としての経験を積みじっくり腰を据えて判断できるという長所の反面、行き過ぎがあったり独善的になったりした場合にチェックする方法がない、という問題点も指摘されています[1]

これに対して、日本では、最高裁判事は内閣によって任命されますが、内閣の任命過程に国会の関与はなく、その任命手続きはほぼノーチェックといえます(日本国憲法6条2項, 79条1項参照)。定年は、裁判所法で70歳と定められており、60歳よりも前に任命された例はほとんどないため、在任期間の平均は、6年に満たない状況です。

最高裁判事と政治~日本の最高裁判事とアメリカの最高裁判事の違い~

2014年4月1日、日本では、新たに寺田逸郎最高裁判事が最高裁の第18代長官として任命されました。同判事は、裁判官出身ですが法務省での勤務が長く、また、駐オランダ大使館勤務の経験もあるそうです。しかし、このニュースはあまり大きく報道されなかったように感じました。これは、日本の判事・裁判所のあり方に理由があると考えます。すなわち、日本の裁判所は、時代の変化には、まず立法や行政が対応すべきで、司法は政治に立ち入るべきではないという消極的な態度があります(ダニエル・H・フット「名もない顔もない司法」参照)。また、日本では、裁判官はとにかく中立であるべきだとされており、裁判官が政治活動を自ら行うことはもちろんのこと、意見表明することすら中立性を疑わせるとして忌避されます。

そして、日本では最高裁判決が出た際、その判決の判断内容、それが与える社会的影響等についてはニュースになりますが、その判断をした最高裁判官が誰か、どのような考えを持つ人で、どのような個性を持つ人なのかということは、さして話題になりません。誰が最高裁長官になっても、判断が大きく変わることはなく、一般市民の日常生活にさほどの影響を与えないと受け止められているため、あまりジャーナリスティックな話題にはならないのだと思います。

最高裁判所大法廷(裁判所ホームページより[2])
最高裁判所大法廷(裁判所ホームページより[2])

 これに対して、アメリカでは、誰が最高裁判事であるか、その裁判官がどのような政治的立場、思想的バックグラウンドを有する人物であるかは、一般市民の間でも関心を持って受け止められています。これに応じて、アメリカの最高裁判事は、就任後も新聞記者や学者のインタビューに答えたり、講演をしたりして積極的に意見表明をし、重要な社会問題に対しての主義主張を明らかにし、また判決文でも、それぞれの裁判官全員が自らの考えを詳述することがあります。

歴史に名を残す連邦最高裁判事

さらに大統領には任命した裁判官が期待に沿わなくてもその裁判官を罷免する権限がないため、実際に就任した裁判官が大統領の期待と異なる傾向に走る場合もあります。例えば、アイゼンハワー大統領が指名したアール・E・ウォーレン最高裁判事(長官)は、就任前はカリフォルニア州知事で、保守的政治家として知られていました。アイゼンハワー大統領はそれを見越して指名したのですが、ウォーレンは期待に反してリベラルに転じ、その強烈な個性を発揮して連邦最高裁をけん引し、裁判所主導の社会改革を強力に推し進めました。そのため、その期間の最高裁はウォーレン・コートとよばれています。

その象徴的な事件が、ブラウン対教育委員会事件(1954年)です。ウォーレン・コートは、黒人に白人と同じ施設の使用を認めない人種分離諸制度を「区別すれども平等」としてきた最高裁判例(プレッシー対ファーガソン事件,1896年)を転換し、人種別学は合衆国憲法修正第14条の平等保護条項に違反すると判断したのです。「合法」とされてきた黒人をはじめとした有色人種への差別を違法としたため、社会に大きな衝撃が走りました。しかし、これ以降、全米の学校において長年行われていた人種隔離が廃止されていくこととなり、キング牧師らを中心とする公民権運動を後押ししました。

一方、最高裁がイデオロギーで分かれたとして名高い事件として、2000年の大統領選挙の際に起こった、ブッシュ対ゴアの事件があります。このとき、大統領選挙の得票数が拮抗するとともに、多数の無効票が発生していたフロリダ州で、州最高裁は再集計と公式認定の延長を命じていました。しかし、州最高裁の決定は合衆国憲法違反であるとして、事件は連邦最高裁に持ち込まれ、そこで決着がつけられることになりました。そして、連邦最高裁判事のうちリベラル派4人が反対する中、保守派5人の最高裁判事がフロリダ州最高裁判決の決定を覆して再集計を差し止め、共和党大統領候補ブッシュを勝利に導きました。

むすび

このように、アメリカでは最高裁判事の判断によってその歴史や政治が大きく変わることがあり、しかも、大統領には任期がありますが、最高裁判事は生涯にわたって地位を保持することができるため、大統領やマスメディア、大企業よりも強い影響力を有することがあります。こうしてみると「ペリカン文書」のように、最高裁判事を暗殺することで利益を得ようとする陰謀もあり得ないことではないかも!?と思えてくるのではないでしょうか。

この拙いブログで興味を持たれた方がいらっしゃれば、是非「ペリカン文書」をご覧になってみてください。

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[1] The Asahi Shimbun GLOBE, April 3, 2014“最高裁をよく知る基礎知識” http://globe.asahi.com/feature/091102/memo/01.html

[2] Over view of the judicial System in Japan

http://www.courts.go.jp/english/judicial_sys/overview_of/overview/index.html