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2017/03/01 日比谷ステーション法律事務所の弁護士名を騙った詐欺にご注意ください
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大事な書類はなぜ「シャチハタ不可」なのか

2014.02.21

 弁護士の千葉です。

 契約書など重要な書類の押印欄には、注意書きで「シャチハタ不可」と書かれていることがあります(※「シャチハタ」はもともと発売元の企業名(シヤチハタ株式会社)から来ていますが、もはや商品名として認識されてますね)。

 そのような注意書きがなくても、いざ相手の目の前で大事な書類にシャチハタで押印しようとすると、「すみません!三文判でもいいんで、シャチハタ以外でお願いします!」と言って制止されると思います。

 しかし、「そもそもシャチハタだとなんでダメなの?ハンコと何が違うの!?」と思ったことはありませんか?

 ハンコもシャチハタも名字が掘られた固体物という点では同じですし、両方とも100円ショップに仲良く並んで売ってたりしますし、印影を見てもどっちで押したのか一見すると判別できないし、むしろ朱肉が不要という点ではシャチハタの方がはるかに便利なのに、なぜ取引社会でシャチハタだけがそんなに嫌われるのでしょうか?

ハンコの効果

 そもそも、文書にハンコを押するとどのような法的な効果が生じるのでしょうか。

 まず、①印影に表示された人が自分の意思で押印したものと事実上推定されます(最高裁昭和39年5月12日判決)。つまり、文書に「A」という印影があれば、実際には他人が押印したとしても、それはAが自分の意思で押印したものだと推定されるということです。このような推定が働く理由として、本人の印章(※印鑑のことです。)を他人が勝手に使用することは、通常はあり得ないからという点が挙げられます。

 さらに、この推定が及ぶと、②A自身がその文書を作成したものと法律上推定されます(民事訴訟法第228条4項)。この①と②の2つの推定は「二段の推定」と呼ばれます。

 二段の推定が働く結果、文書にAの印影があるだけでAがその文書を自分で作ったと推定されることになります。

具体例

 その結果どういうことが起きるかというと、たとえば、金銭の借用証の連帯保証欄に他人(主債務者の場合が多いと思います。ここでは「B」とします。)が勝手にAの名前の署名又は押印をした場合、Aは、貸主から「連帯保証人なんだからBの代わりにお前が金払え!」と請求され、これに応じなければ訴訟提起されることもあります。Bが行方不明だったりAの方がBよりも明らかにお金をたくさん持っている場合には、Aだけが被告とされることもあります。

 Aとしては他人に勝手に署名・押印をされ、裁判まで起こされて怒り心頭かもしれませんが、訴訟で「全く身に覚えがない!」と言うだけではダメです。被告Aが訴訟を請求棄却に持ち込むためには、自分が署名・押印したものでないことや、他人がAの名前を使うのを承諾したことがないことを具体的に主張・反証し、裁判官に「確かにAさんが自分の意思で署名・押印したのではないのかも」という心証を抱かせなければなりません。

 被告Aとしては、例えば、「ハンコは金庫で厳重に保管していたんですけど、家に泥棒に入られて盗まれたんです!だから、借用証が作成されたときにハンコは私の手元にはなかったんです。その証拠にほら!」などと言って、盗難の紛失届を証拠として提出したりする必要があります。

 なお、勝手にA名義の署名・押印をして貸主からお金を借りたBは、私文書偽造罪(刑法159条1項)・偽造私文書行使罪(同161条1項)のほか詐欺罪(同246条1項)として処罰される可能性もあります。

契約書の押印写真/誰野判子

重要書類にシャチハタを使ってはいけない理由

 シャチハタも三文判も、文書に押された印影を見ても、素人目にはどちらもあまり変わらないように見えます。

 それなのに、なぜシャチハタだけダメなのでしょうか?

 Wikipediaで「シャチハタ」を調べてみると、「素材がゴムであるため押し方や、経年変化による劣化などにより同一スタンプでも印影が変わる可能性があること、時間が経過するとインキが薄くなることや、大量生産であるために別のスタンプでも同じ形状の文字が押印できることから、浸透印タイプの印鑑は公文書などへの使用は認められていないことが多い。」と記載されています。

 しかし、この記載では、シャチハタで前記①の「推定」が働くのかという法的問題に対する解答にはなっていません。

 そこで、この点について調査してみたところ、東京地裁平成18年3月30日判決が見つかりました。

 この判決によれば、「甲第2号証(※偽造が問題となった文書のことです。)の被告名下にある被告名義の印影は、大量生産されているシャチハタ製の印章により顕出されたものであるから、そもそも、その印影により特定個人が押印したと推認することのできない性質の印章により顕出されたものであるといえ、したがって、甲第2号証の被告名下にある被告名義の印影から、それが被告の印章により顕出されたものであることや、被告が押印したことを推認することは到底出来ない。」とされています。

 この判決文では他の認定事実も考慮されてはいますが、上記のとおり、シャチハタでは前記①の推定が働かないことが明示されています。

 法的観点からすると、シャチハタでは推定が働かないからこそ重要書類は「シャチハタ不可」となっているといえそうです。

 なお、この訴訟では、逆に被告が原告に対して、偽造された文書を唯一の証拠として訴訟提起した原告の行為が不法行為に当たるとして、損害賠償を求めて反訴を提起しています。この点に関して、裁判所は、「本件本訴は、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くといわざるを得ない」として原告の不法行為を認定し、被告に対して弁護士費用20万円と精神的慰謝料80万円の合計100万円を支払うよう命じました。

  以上のとおり、サインで取引をする欧米とは違い、現在でも様々な取引にハンコが使用されるハンコ社会の日本では、シャチハタを含めハンコの使い方1つで、様々な民事上・刑事上の責任が生じます。

 他人のハンコを勝手に使うことはもちろんダメですが、それ以外にも、自分のハンコを他人が簡単に使用できるような状況を作出・放置することも、それによって本来負う必要のない責任を負わされるリスクがありますので、実印に限らずハンコはすべて他人の手の届かない場所で厳重に保管しましょう。