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わたしが支払ったそのお金,返してよ!〜契約の無効及び取消しに関する新ルール〜

2015.11.22

今回は,ある契約が無効であったり,取り消されたりした場合の法律効果に関し,この度の民法改正案が定める新たなルールについて解説したいと思います。 

はじめに 

2015年4月3日のブログ「錯誤の規定がリニューアル~錯誤取消しと動機の錯誤の明文化」や,前回のブログ「原始的不能に関する規律の新設」において述べましたように,ある契約について,その有効要件が欠ける場合には,その契約は無効となるか,あるいは取り消されるべきこととなります。

現行民法では,契約が無効あるいは取消しとなる場合については,他にも様々な場合を規定していますが(無効となる場合については公序良俗違反(民法90条),心裡留保(同93条),虚偽表示(同94条)及び無権代理(同113条1項)等,取消しとなる場合については制限能力者の意思表示(同5条2項,同9条,同13条4項及び同17条4項)及び詐欺・強迫(同96条)),しかし,契約に基づく履行がなされた後に,同契約が無効や取消しとなった場合の法律効果については規定していません。 

例えば,あなたが,ある絵画を,本当は模写であるのに,これが著名な画家により描かれたものであると画商に説明され,高額でこれを購入してしまったとします。

この場合,あなたは,模写であると分かっていれば絵画を購入することはなかったとして,この売買契約は錯誤により無効であると主張するか,あるいは,画商に騙されてこの絵画を購入してしまったのであるから,同売買契約は画商の詐欺行為により締結されたものであり,したがってこれを取り消すとの主張をすることが考えられます。

いずれの主張も認められる場合,同売買契約は無効となりますが(「取り消された行為は,初めから無効であったものとみな」されます(民法121条)。),では,この場合,既にあなたが画商に対して支払った多額の金銭や,あなたが画商より引き渡しを受けた絵画の後始末はどうなるのでしょうか。 

現行民法における規定 

現行民法は,ある契約が無効や取消しとなった場合の法律効果について規定していないため,この後始末の問題については,もっぱら民法703条以下が定める不当利得の問題として処理されてきました。上の例でいえば,あなたが支払った絵画の代金も,あなたが画商より引き渡しを受けた絵画も,いずれも不当利得として,互いに返還する義務を負うことになります。

しかし,現行民法703条が定める不当利得制度は,このような契約の無効及び取消しの場合のみならず,他にも極めて多様な場面で問題となるため(例えば,あなたが電車で財布を盗まれたとき,これを不当利得であるとして返還するよう求める場合等,契約関係が何ら存在しない場面),とても分かりにくい制度となってしまっています(「不当利得法は財産法のごみ処理場だ」と言われる程です。)。

そこで,契約が無効や取消しとなった場合については,その契約の巻き戻しという性質を反映させるため,民法703条以下の不当利得制度とは別に新たなルールを規定するべきではないか,との議論がなされてきました。 

改正案の内容 

民法改正案では,前述の議論を踏まえ,無効・取消しとなった法律行為に基づいて既に履行された給付がある場合,給付を受けた者は,相手方に対して原状回復義務を負うとの原則が,現行民法703条以下の不当利得制度とは別に規定されることになります(これにより民法703条以下の不当利得制度は,契約の巻き戻し以外の場面をもっぱら規律する規範として残ることになります。)。

先ほどの例でいえば,画商はあなたに対して絵画の代金を,あなたは画商に対して絵画を,それぞれ返還する義務を負うことになります。

ただ,この原則については,以下の例外規定が存在します。 

原状回復義務の範囲を制限する例外規定 

まず,現行民法121条ただし書は,制限行為能力(例えば,契約当事者の一方が未成年であった場合等)を理由とする取消しについては,「現に利益を受けている限度」(これを「現存利益」といいます。)において,制限行為能力者は返還義務を負うと定めています。したがって,(あまり考えられませんが)先ほどの例における画商が実は未成年であった場合,画商はあなたに対して,絵画の代金として受け取った現金のうち,現在残っている分のみを返還すれば良いことになります。

この規定に加え,この度の民法改正案では,①意思無能力者(幼児や心身喪失者等)について,及び②無償行為に基づいて給付を受けた者が,その無償行為が無効または取り消すことができるものであることを知らなかった場合についても,現存利益の限度でのみ返還義務を負うとの規定が新設されることになります。

例えば,あなたが画商より,ある絵画の贈与を受け,この贈与行為が画商の錯誤に基づくものであることをあなたが知らなかった場合(偽物だと思って贈与したら,実はとても高価な本物であった場合等)には,たとえあなたがこの絵画を紛失してしまったとしても,上記②の規定に基づき,原則として,画商に対して何も返還する必要はないことになります。 

残された課題 

上記の民法改正案は,これまでの議論に応えるものとして,一定程度評価できるものといえそうです。

しかし,この民法改正案では,原状回復義務の範囲を制限する規定として,上記①及び②の規定を設けるのみで,公序良俗違反や詐欺・強迫の場面での原状回復義務を制限する規定を置いていません。

このままでは,例えば昨今の消費者被害における事案を想定すると,公序良俗違反や詐欺・強迫を理由に,取消権等を行使された悪質な業者が,被害者に対して,「契約を取り消した場合には,あなたに渡した○○円を返してもらう」などと原状回復を求めかねませんし,さらにこの言葉に翻弄されて,被害者が権利行使を躊躇することも考えられます。

このような事態を防ぎ,かつ,権利行使をした被害者が実質的にも救済されるよう,被害者が原状回復義務を負わない例外的場面を明記すべきです。

例えば,「ただし,相手方が不法な原因(詐欺・強迫等)のために給付をしたときは,この限りではない」というような例外規定の挿入が検討されるべきでしょう。

                                    弁護士 伊庭裕太