メニューを開く  メニューを閉じる
2017/03/01 日比谷ステーション法律事務所の弁護士名を騙った詐欺にご注意ください
Google+
ブログブログ

「拒否」か「解除」か ~「危険負担」の改正~

2015.06.08

今回のテーマは「危険負担」

今回は、「危険負担」に関する現行民法534条~民法536条の削除・改正について取り上げます。

民法を一通り勉強したことがある方なら、「危険負担」という重要論点に関する条文が削除・改正されると聞くと、実務的な影響も大きいと思うかもしれません。しかし、最近、「民法改正が与える実務的影響」をテーマとして扱った法律実務家や企業の法務担当者向けの雑誌が多数出版されていますが、その中には危険負担の改正について触れていないものが多いことからもわかるとおり、実務的にはそれほど大きな影響を与えるものとまではいえません。それでも、後述のとおり、変更点はありますので、注意は必要です。

 

例えばの話です。

あなたが、中古車販売店で、とある1台の中古車に一目惚れをし、表示されていた価格100万円で購入することに決め、その場で売買契約書にサインをしました(※契約には所有権留保条項はなく、この時点であなたはこの車のオーナーです)。納車前に整備等が必要なため、実際の納車日は、契約日から1ヶ月後ということになりました。

しかし、契約から2週間が経った頃、この中古車販売店に落雷があり、あなたが購入した車は見る影もなく滅失してしまいました。契約した車は、もともとあなたが「これがいい!」と惚れて購入した中古車ですので、全く同じ車は、もうこの世の中にはありません。そのため、中古車販売店があなたに車を引き渡す債務は、落雷によって消滅したことになります。

 

919f8b2cefa09d3e55bc49a2e882eec4_m

 

ところが、中古車販売店が、あなたに対して、「契約した車は無くなっちゃったけど、契約は契約なので、代金の100万円を支払ってください」と言ってきた場合、あなたは、車が手に入らないにもかかわらず、代金100万円を支払わなければならないでしょうか。

 

どちらが割を食うか

落雷という契約当事者のいずれにも落ち度なく契約の目的物(車)が滅失した場合でも、現実問題としては、これによって生じた不利益をどちらかが負担しなければなりません。具体的には、買主(あなた)が負担する場合は、「車は手に入らないのに、100万円を支払わなければならない」という不利益、逆に、売り主(中古車販売店)が負担する場合は、「売買契約締結により所有権はすでに買主に移っていたのに、車の代金100万円を支払ってもらえない」という不利益です。

このように、契約当事者の双方に帰責事由なく生じた目的物滅失に伴うリスク(危険)を、どちらの負担とすべきかという分配の問題を、民法上、「危険負担」といいます。これは、一方の債務(車の引渡債務)が債務者(売主)の帰責事由なく履行不能に至った場合に、反対債務も当然に消滅するかという問題です。

以下では、履行不能になった車の引渡債務を基準にして、買主を「債権者」、売主を「債務者」といいます。

なお、落雷のようなレアケースだけでなく、火災や泥棒に入られた場合でも、債務者に帰責事由なく目的物が滅失したのであれば、危険負担が問題になります。

 

現行民法では車の代金100万円の支払債務はどうなる?

この点、以下のとおり、民法534条によれば、債務者(中古車販売店)の帰責事由なく、目的物が滅失したときは、債権者(買主)が危険を負担する、すなわち、買主(あなた)が「車は手に入らないけど、100万円を支払わなければならない」ということになりそうです。

(債権者の危険負担)
第五百三十四条   特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合において、その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、その滅失又は損傷は、債権者の負担に帰する。
 不特定物に関する契約については、第四百一条第二項の規定によりその物が確定した時から、前項の規定を適用する。

 

しかし、買主は売買契約により車の所有権を得ていたとしても、落雷の際、車はまだ中古車販売店にあり、自らの支配の及ばない場所で滅失したのですから、このような場合にまで、534条1項を杓子定規に適用し、買主に100万円の支払義務を認めるのは、買主にとって酷な結果となります。また、従来から、そもそも民法534条1項の立法趣旨(債権者主義)の合理性にも疑問がありました。

そのため、学説上は、このような結果を回避すべく、民法534条1項の適用場面を、債権者(買主)が目的物に対して何らかの実質的支配を取得した場合に制限するという考え方が一般的でした。

学説上はこのような制限的な解釈をとるべきとされていましたが、条文上はそのような制限は設けられておりませんし、また古いものですが、何ら制限的な解釈をせずに、534条を適用した判例(最高裁昭和24年5月31日判決)もありました。そのため、現行民法のもとで実際に裁判になれば、先の車の例で、買主は100万円を支払わなければならないという判決が出る可能性は一応現在もあります。

改正により民法534条及び535条は削除

しかし、上記のとおり批判の強かった民法534条及び535条は、今回の民法改正で、削除されることとなりました。

【改正要綱】
第13  危険負担
1 危険負担に関する規定の削除(民法第534条・第535条関係)

民法第534条及び第535条を削除するものとする。

念のため、削除されることになった535条も、以下に載せておきます。

(停止条件付双務契約における危険負担)
第五百三十五条    前条の規定は、停止条件付双務契約の目的物が条件の成否が未定である間に滅失した場合には、適用しない。
 停止条件付双務契約の目的物が債務者の責めに帰することができない事由によって損傷したときは、その損傷は、債権者の負担に帰する。
 停止条件付双務契約の目的物が債務者の責めに帰すべき事由によって損傷した場合において、条件が成就したときは、債権者は、その選択に従い、契約の履行の請求又は解除権の行使をすることができる。この場合においては、損害賠償の請求を妨げない。

 

車の代金100万円の支払債務の行方

民法534条(及び民法535条)が削除されると、先の例では、車の購入代金100万円の支払債務はどのようになるのでしょうか。

この点、現行の民法536条は、以下のように規定されています。

(債務者の危険負担等)
第五百三十六条    前二条に規定する場合を除き、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない。
2   債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

 

現行民法536条1項には、「債務者は、反対給付を受ける権利を有しない。」と規定されていますので、現行民法のもとでは、車の引渡債務の債務者である中古車販売店は、同債務が履行不能になったことにより、当然に反対給付(代金100万円)を受ける権利も消滅することになります。よって、買主は100万円を支払う必要がなくなります。

しかし、今般の民法改正では、反対債権は当然に消滅することにはならず(請求を拒むことができるだけ)、消滅させるには、別途、解除の意思表示が必要になりました。この点に関して、改正要綱は、以下のとおり規定しています。

 

【改正要綱】
第13 危険負担
2  反対給付の履行拒絶(民法第536条関係)

民法第536条の規律を次のように改めるものとする。
(1) 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。
(2) 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

 

改正による変更点

上記(1)には、「債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。」と規定されています。すなわち、車の引渡債務の債権者である車の買主は、反対給付(代金100万円の支払)の債務が当然に消滅するわけではなく、仮に、売主から100万円の支払請求がきたら、これを拒むことができるという、独自の履行拒絶権が創設されたことになります。

 

c8799c6c3e5cbcb8ebf8bd9b8945fc9b_l

改正の審議の途中では、今回の民法改正で解除に債務者の帰責事由を要しないことになったことに伴い、危険負担の規定自体を廃止し、すべて解除によって反対債務の運命を決しようとする見解(解除一元化論)が有力に主張されていましたが、常に解除を要求することは債権者に不利益や無用な負担を課すことになるため、最終的には、上記規定のとおり、履行拒絶権と解除権の双方を与え、債権者が自由に選択できるという形に落ち着きました。

 

目的物の滅失等が引渡後に生じた場合

以上は、目的物が売主から買主に引き渡される前に滅失または損傷した場合の危険負担の改正点ですが、引渡後については、改正要綱第30.10(1)が以下のような規律を設けています。

【改正要綱】
第30 売買
10  目的物の滅失又は損傷に関する危険の移転

危険の移転について、次のような規律を設けるものとする。
(1) 売主が買主に目的物(売買の目的として特定したものに限る。以下この10において同じ。)を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後にその目的物が売主の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、買主は、その滅失又は損傷を理由とする履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。この場合において、買主は、代金の支払を拒むことができない。
 

最後に

以上のとおり、目的物引渡前の滅失等の場合の危険負担ルールとしては、消滅した債務の債権者(先の例の車の買主)からすると、現行民法の下では、当然に反対債権(代金100万円の支払請求権)は消滅していましたが、民法改正後は、あえてこの債権の消滅を望む場合には、別途、相手方(売主)に対して解除通知を発する必要が出てくることになります。特に法人の場合には、反対債権を残しておくか、消滅させるかによって、経理・財務上の扱いが異なってくるかと思います。細かいですが、この点に注意が必要です。

                                                弁護士 千葉 貴仁