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ブログブログ

米国はなぜ訴訟社会なのか?~リコールと製造物責任に関する考察~

2014.12.26

日本法及びニューヨーク州法弁護士の川勝明子です。

今日で仕事納めという方も多いのではないかと思いますが、皆様にとって、今年最も印象深いニュースはどれでしたでしょうか。

私はタカタ製エアバッグのリコール問題を挙げたいと思います。自動車産業は、工業立国である日本が誇る代表的な産業ですが、タカタの問題は、一企業の問題にとどまらず、自動車業界全体を巻き込む形で拡大の一途をたどっており、グローバル化に伴うリコールの大規模化の問題を浮き彫りにしました。

自動車イメージ写真

民事,行政,刑事のトリプル責任問題に発展する可能性

2009年秋ごろから2010年に米国で起こったトヨタ車の大規模リコール(製品の無償回収・修理等の是正措置)の際、トヨタは、「意図しない急加速」の問題で、計750万台以上をリコールすることとなり[1]、民事、行政、刑事のトリプル責任問題に発展しました。

24の州で、280件の製造物責任訴訟が提起され[2]、2014年3月時点で、主な3件の集団訴訟のうち2件で和解が成立しましたが、約11億3000万ドル(約1130億円)の和解金を支払い、残る訴訟でも原告と和解協議を進めており、今後巨額の和解金を求められる可能性があるとのことです[3]

また、トヨタ車のリコールは、行政機関の調査と取り締まりを招きました。たとえば、自動車の安全性に関する規制を担当する行政機関(NHYTSA: National Highway Traffic Safety Administration)は、重大事故の報告が遅れたことを理由に、トヨタに合計約3400万ドル(約34億円)の支払いを命じました[4]

さらに、トヨタは、情報開示の不備や重大事故の原因をめぐって、刑事責任を追及されました。2014年3月になり、情報開示の不備で「米消費者と当局をミスリードしたことを認め」、司法省に対して制裁金12億ドル(約1200億円)を支払うことに合意し、司法取引の一種である訴追延期合意(DPA: Deferred Prosecution Agreement)に至りました[5]

タカタの問題でも、今後米国では民事、行政、刑事のトリプル責任問題に発展し、巨額の賠償をしなければならない可能性が高いといえます。

今年最後のブログ記事では、この問題を契機として訴訟社会だといわれる米国社会に焦点をあて、訴訟を誘発する様々な要因を解説したいと思います。

タカタ社に対する集団訴訟

すでに米国では、タカタに対してフロリダ州などで複数の集団訴訟が起こされており、カナダでも集団訴訟が提起されたようです[6]

報道によると、カナダで訴えたのはオンタリオ州でドイツのBMW車を所有する消費者で、BMWをはじめ、タカタ製エアバッグを搭載したホンダ、日産自動車、米クライスラー、米フォード・モーターなどの車種を所有するカナダの消費者を幅広く原告に含めているとのことです。訴状で原告側は、いすゞ自動車がエアバッグのリコール(回収・無償修理)を実施した2001年の段階で、タカタは少なくとも欠陥を知っていたと主張し、「適切な設計・製造をせずに消費者に対して危険性に関する警告を十分にしなかったため、所有車の価値が下がり精神的な苦痛を受けた」などとしているそうです。

具体的に金銭で算出できるような損害が発生したわけではない段階で、このような所有車の価値が下がったことに対する「精神的苦痛」のみを損害として主張するというのは日本にはない発想で法律の違いを感じさせます。

 (1)リコールと製造物責任法が訴訟を誘発する?

まず、製品販売後に何らかの問題が発見されリコールを行うと、アメリカではそれに関連して多数の製造物責任訴訟が提起されることが少なくなくありません。

製造物責任法では、被害者は製品の欠陥を証明すればよく、故意・過失を立証する必要がありません。製品が高度化、複雑化し、消費者と製造業者との間で情報や危険回避能力の格差が拡大しているという前提に基づいて、被害者の立証負担が軽減されており、これによって製造業者に対する責任追及が容易になりました。

もっとも、リコールを実施すると欠陥があるとみなされ、それに伴い多数の訴訟を提起されるとすれば、リコールをしようとするメーカーにとってディスインセンティヴ(障害)となっていることが指摘されています[7]

タカタ・リコール問題では、2000年代前半、米国やメキシコの工場で同時に複数の不具合が起きていたことが分かっており、タカタが以前から製造・設計の欠陥に気付いていたのに、(訴訟をおそれて)対応や情報開示を怠ったのではないかということが疑われています[8]

とはいえ、製造物責任法は日本でも1995年に導入されましたが、その後、劇的に訴訟が増加することはありませんでした。製造物責任法だけが訴訟を誘発するというわけではないようです。

(2)集団訴訟が訴訟を誘発する?

上に引用したタカタに対する集団訴訟の報道では、請求額の具体的金額や内訳は明らかにされていませんが、実質的な損害額は少額なのではないかと推測されます。実質的な損害額が少額ですと、日本では費用倒れになってしまう可能性があり、訴訟提起を諦めざるを得ないということがありますが、米国やカナダには、1人1人は少額な請求権を持つ者が集まって訴訟を提起することができます。

「集団訴訟(クラスアクション)」という制度です。これは原告の代表となろうとする者が、共通の利害を有する他の人々をクラス構成員としてクラス構成員のために訴訟を遂行し、その結果、判決や和解の効力が実際に訴訟に参加しなかったクラス構成員にも及ぶというものです。

日本では、同じような請求権を持つ者が共同原告となることはできますが、それぞれの当事者1人1人が原告にならなければならず、共同訴訟を提起し、その後、訴訟を維持追行することは、技術的にも費用的にもハードルが高いといえます。

米国では、製造物責任法に加えて、この集団訴訟制度の存在によって、少額の請求をもつ一般消費者がまとまって大企業に対して訴訟を提起することが可能になります。

 (3)懲罰的賠償と完全成功報酬が訴訟を誘発する?

さらに、上に引用した集団訴訟の原告は一般的賠償に加えて「懲罰的賠償」も求めています。

欠陥製品の製造業者は、米国やカナダの消費者との関係で、効果的な販売後の対応を怠った場合、民事裁判において,懲罰的賠償(punitive damages)の責任を負う可能性があります。

懲罰的賠償は、被告が故意又は無謀に原告の権利を無視したということが証明された場合に、被告に制裁を加えて被告や他者に類似の行為を行わせないために、陪審や裁判官によって、実際に被った損害を超える制裁的な賠償が課せられるものです。

消費者は、実損害は少額であっても多額の懲罰的賠償が得られる可能性があるとなれば、それを求めて訴訟を提起するインセンティブが働きますし、弁護士も確実な支払いが見込まれる大企業に対する訴訟は、完全成功報酬(着手金0円)として、ごく少額の初期費用で受任するため、訴訟をしやすい環境がバックアップされています。

日本では民事責任と刑事責任が分離されており、民事責任では、被害者の損害を填補し、懲罰は国家の役割と考えられています。このような日本の司法システムに慣れている身からは、訴訟を提起した一私人に、実質的損害を超える高額な制裁金まで支払うのはちょっとやりすぎなのではないかと違和感を覚えるのですが…。

懲罰的賠償制度導入のきっかけとなったのは、フォード・ピント事件です。フォード社は、後部からの低速衝突事故で炎上する小型自動車を製造し、この問題に気付いていましたが、自社の費用・便益分析に基づいて燃料タンクの問題を放置し、50名以上の死傷者が出るまで製品の回収・修繕をしませんでした[9]

このフォード・ピント事件に見られるように、自社の利潤追求に走り消費者の安全を犠牲にする悪質な企業が存在し、このような企業を許さないために、製品販売後の義務に違反した製造業者にペナルティを支払わせ、市場に流通している危険な製品から消費者を守るよう、強力に促そうという流れが生まれました。

 (4)陪審員制度が訴訟を誘発する?

最後に、米国の裁判は陪審裁判であり、裁判の行方は陪審員の心証ですべてが決まるといっても過言ではありません。法律や事実認定の専門家である職業裁判官が判断する日本の裁判と大きく異なる点です。

例えば、年に5000万個の商品を売っていて、そのうち事故がわずか7件で、しかもこれらが皆、通常の使い方をする消費者ならば回避可能な事故だとすると、統計的にそのリスクはとても低いといえます。その低いリスクを防ぐために新たにコストをかけたり、多額の賠償を支払わなければならないとすれば、その分が商品の価格に上乗せされて利便性も低下するので、大多数の善良な消費者の利益に反するはずです。

しかし、陪審員に選ばれるような一般的な消費者は、製品ごとに異なるすべてのリスクを簡単に評価はできません。そこで、「7件も事故があって、欠陥を知っていたのに、対策を取らなかったのは企業の怠慢だ!」、「利益を追求するあまり、安全性を犠牲にした!」などと悪徳企業のレッテル貼りをされ、「かわいそうな消費者vs悪い大企業」という構図に持ち込まれると、企業は争えば争うほど、責任逃れをしているとみなされ不利です。その結果として何億という懲罰的賠償が認められることがあります。

 まとめ

米国では、製造物責任法の誕生以来、数多くの訴訟が提起されているところ、以上に述べたように、それを可能にする制度的設計やインセンティブが存在します。

他方で、日本では、1995年に製造物責任法が施行されてからこれまでに約120件の訴訟が提起されていますが、訴訟の数は比較的少ないといえます。しかし、訴訟が少ないことは、私たちがより優れた製品の恩恵にあずかっていることを必ずしも意味するものではなく、実は製造物責任法それ自体や、私法的/公法的規制、事前規制/事後規制のバランスを再検討する貴重な機会を失っているという指摘もあります[10]。また、公法的な規制に頼りすぎる結果、国民を危険な製品から守るという大義名分のために、有用と思われる製品へのアクセスが著しく制限されてしまう問題が指摘されています。いかなる法制度も完璧ということはないということでしょう。

タカタの問題は、まだ異常破裂の原因や、どの車に問題のエアバッグが搭載されていたかが特定されていません。今後どのような展開を見せるのか、来年もこの問題に注視していきたいと思います。

皆様、どうぞ良いお年をお迎えください。

[1] 日本経済新聞「トヨタ、制裁金1200億円で合意 リコールで米当局と」(2014/3/20電子版)

[2] Dana Hedgpeth, Two Washington area drivers sue Toyota, alleging acceleration problems in cars, Wash. Post, Mar. 16, 2010 at A 16.

[3] 前掲日経新聞

[4] 前掲日経新聞

[5] 前掲日経新聞

[6] 日本経済新聞「タカタのエアバッグ、カナダでも集団賠償訴訟」(2014/12/19朝刊)

[7] 佐藤智晶「アメリカ製造物責任法」弘文堂,平成23年6月15日出版参照

[8] N.Y. Times, Sep 11, 2014. Air Bag Flaw, Long Known to Honda and Takata, Led to Recalls.; 日本経済新聞「情報遅い」タカタに批判 エアバッグ欠陥で米公聴会(2014/11/21)参照

[9] 「フォード・ピント事件」(1980年)フォード社は,1971年からピント(Pinto)という自動車を販売し始めたが,衝突安全テストによって燃料タンクが外部からの衝突に弱く,自動車が炎上することに気付いていた。しかし,フォード社は,燃料タンクの問題を改善するための費用を1台当たり11ドル(1250万台で総額約1億3750万ドル)と算定する一方,改善措置によって180件の死亡事故(1件あたり20万ドルの損失,総額約3600万ドルと算定)と別の80件の負傷事故(1件当たり6万7000ドルの損失,総額約1206万ドルと算定),2100台の自動車炎上(1台あたり700ドルの損失,総額約147万ドルと算定)を防止することができると予想していた(総額約4953万ドルの損失回避)。そしてフォード社は,この費用・便益分析に基づいて燃料タンクの問題を放置した。フォード社が運輸省・道路交通安全局の調査を受けて自発的に自動車の回収・修繕を開始したのは,1978年のことである。その後,フォード社は,1978年にインディアナ州で起きた3人の少女の死亡事故について,未必の故意による故殺(reckless homicide)の罪で刑事訴追された。検察官は,フォード社が欠陥を完全に認識していたのにもかかわらず,販売後も自動車をそのまま走行させていたと主張した。フォード社は,1980年に無罪の陪審評決を受けた。しかし,過失と厳格責任(設計上の欠陥)を請求原因とする別の民事訴訟において,填補的損害として約250万ドル,懲罰的賠償として300万ドルの支払いを命じられた。

[10] 佐藤智晶「アメリカ製造物責任法」弘文堂,平成23年6月15日出版参照